SSブログ

グリコの社長の名言とは? [社長 企業]

おいしくて強くなるグリコ
そんなキャッチフレーズでお馴染みなお菓子メーカーグリコ



大阪のグリコ看板も芸術的でインパクトが強い。


グリコを作った創業者とはどんな人物なのか?

グリコの初代社長、つまり創業者は
江崎利一さんだ。

1882年12月23日生まれ 1980年2月2日没


日本の実業家である。

江崎グリコの創業者で本名も江崎利一

佐賀県生まれ。

佐賀県の高小を卒業後、家業の薬屋を継いだが、郷里の有明海のカキに含まれるグリコーゲンの企業化のため、大正11年に大阪で江崎グリコ前身の江崎を設立し、栄養菓子のグリコを「1粒300メートル」のキャッチフレーズやおまけつきなど独特の商法でPR。


昭和4年株式に改組し代表取締役社長、昭和33年江崎グリコに改称。
その後もビスケット、チョコレート、カレーなどの新製品を次々に発売し、江崎グリコを今日の大手食品会社に育て上げた。
昭和48年に会長に退く。



簡単なプロフィールだと小綺麗にまとまるが、、

当然苦難はあったはずだ。


なんと!!
江崎グリコは
資本金6万円の栄養菓子会社(グリコ)としてスタートしたという!!!

当時森永1500万円、明治750万円の資本金だったというから驚きだ!


しかも薬屋出身の江崎利一は
菓子の上では何ひとつ経験もなく、新しい事業に乗り出したのである。


折あしく、業界は倒産が続出し、メーカー淘汰が頂点に達したときだった。
悪いときに船出したものであるが、不況の後は好況と、江崎利一さんは歯を食いしばって頑張ったという。







   凄い名言、江崎利一

○良いと信じ、正しいと決めたことは決して遂行を緩めてはならない。
誠意を持って取り組むべきことを私はこのときハッキリ胸に刻んだのである。

 


○問題が起きたら誠心誠意取り組むことだ。
問題の解決から一歩を進め、次の積極的な活動に入ることを忘れてはならない。
それはきっと上手くいく。


○アタマは使うが、心痛はしない。

 



○下から石を一つずつ積み上げて山頂に達するより、山頂から石を転がした方が早い。




○事業奉仕即幸福。
事業を道楽化し、死ぬまで働き続け、学び続け、息が切れたら事業の墓場に眠る。

 


○私には遊ぶ道楽がない。
正直に言って、若いときから遊ぶほどの金も暇もなく、したがって、もっぱら商売を道楽と考えてきた。

 


○「夢は大きく、暮らしは地味に」これは私の処世訓でもある。




スポンサードリンク


nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:ニュース

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
グリコの社長の名言とは?:B-BOYが発信する生活ニュース:So-netブログ
SSブログ

グリコの社長の名言とは? [社長 企業]

おいしくて強くなるグリコ
そんなキャッチフレーズでお馴染みなお菓子メーカーグリコ



大阪のグリコ看板も芸術的でインパクトが強い。


グリコを作った創業者とはどんな人物なのか?

グリコの初代社長、つまり創業者は
江崎利一さんだ。

1882年12月23日生まれ 1980年2月2日没


日本の実業家である。

江崎グリコの創業者で本名も江崎利一

佐賀県生まれ。

佐賀県の高小を卒業後、家業の薬屋を継いだが、郷里の有明海のカキに含まれるグリコーゲンの企業化のため、大正11年に大阪で江崎グリコ前身の江崎を設立し、栄養菓子のグリコを「1粒300メートル」のキャッチフレーズやおまけつきなど独特の商法でPR。


昭和4年株式に改組し代表取締役社長、昭和33年江崎グリコに改称。
その後もビスケット、チョコレート、カレーなどの新製品を次々に発売し、江崎グリコを今日の大手食品会社に育て上げた。
昭和48年に会長に退く。



簡単なプロフィールだと小綺麗にまとまるが、、

当然苦難はあったはずだ。


なんと!!
江崎グリコは
資本金6万円の栄養菓子会社(グリコ)としてスタートしたという!!!

当時森永1500万円、明治750万円の資本金だったというから驚きだ!


しかも薬屋出身の江崎利一は
菓子の上では何ひとつ経験もなく、新しい事業に乗り出したのである。


折あしく、業界は倒産が続出し、メーカー淘汰が頂点に達したときだった。
悪いときに船出したものであるが、不況の後は好況と、江崎利一さんは歯を食いしばって頑張ったという。







   凄い名言、江崎利一

○良いと信じ、正しいと決めたことは決して遂行を緩めてはならない。
誠意を持って取り組むべきことを私はこのときハッキリ胸に刻んだのである。

 


○問題が起きたら誠心誠意取り組むことだ。
問題の解決から一歩を進め、次の積極的な活動に入ることを忘れてはならない。
それはきっと上手くいく。


○アタマは使うが、心痛はしない。

 



○下から石を一つずつ積み上げて山頂に達するより、山頂から石を転がした方が早い。




○事業奉仕即幸福。
事業を道楽化し、死ぬまで働き続け、学び続け、息が切れたら事業の墓場に眠る。

 


○私には遊ぶ道楽がない。
正直に言って、若いときから遊ぶほどの金も暇もなく、したがって、もっぱら商売を道楽と考えてきた。

 


○「夢は大きく、暮らしは地味に」これは私の処世訓でもある。




スポンサードリンク


nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:ニュース

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。